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一日一冊、本を食う

長年の積ん読本を読み切るブログ

【031】大原敬子『かしこいお母さんになる本』2001年

「成功は常に苦心の日に在り、敗事は多く特にの時に因(よ)る」


「何不自由のない子育ては、子どもは驕り、親には欲が生まれ、いつしか親子の不和が芽生えてきます。
苦労の中から、その子の才能が発見できるものだと思って、あせらず見守っていくことが大切です」(p.3f.)

ラテン語で、教育(エディカティオ)は教え込むことではなく、見つけ出してあげることという意味があります。(p.4)

「大原式」は問題児であった私が源流となっております。画一的な規範教育の中で落ちこぼれていった私を救ってくれた、祖母大原とめの、血と汗から生まれた渾身の知恵の集積です。結果をすべてと評価する指導法ではなく、結果よりも動機、原因に重点を置いた指導法によって、私は救われました。(p.5)

子育ての根幹は母親です。
「お母さん、ぼくのこと本当に好き?」
子どもの心は、母の愛をいつも求めています。(p.5)

「子どもは、どの子もそれなりに見て描いているものです。上手、下手と技術ばかりを見ないで、どの視点から描いているのか、つねに子ども側に立って見てあげたいものです。…どんな子も、最初は自由に絵を描くものです。なぜか描けなくさせてしまうのは、親自身ではないでしょうか」(p.16f.)

ミチコちゃん(四歳)
「もう、ワタシ、疲れちゃいました。だから、お絵描きも夜にしてしまいます。…」
「これで、ワタシおやすみが言えますよ」
「夜なんだから、黒く塗らないとおかしいでしょう。なぜ、ママは嫌がるのかしら?」(p.18ff.)

子どもの視点はずいぶん低い位置にあります。耳や頭のところから手がのびた絵を描く子どもたちは、よく物を見て描いたものだと言えます。車の絵もタイヤが大きく見えて当然です。(p.21)

子どもの信頼を得る最も大切な条件は、約束をきちんと守ることです。理屈や言い訳では、子どもは決して納得しません。まだ論理的に判断することができないからです。(p.23)

 親の欲目も困りますが、わが子の短所をあげつらうのは、もっと困りものです。さらに危険なことは、お母さんがわが子の性格を誤解していることです。
 「子どものことは私が一番よくわかっている」などと思い込まないで、先生や子どもの仲間の評判にも耳を傾けてください。(p.27)

 善し悪しという大人の善悪の判断で「この言葉を使ってはいけません」などと高圧的に注意するよりは、反面教師的に教えたほうが、子どもには理解しやすいでしょう。
 「使ったらいけない」と叱るよりは、「この言葉を使ったら、相手はこんな気持ちになるのよ」と気づかせる気持ち、思いやりの心で、教えてあげましょう。(p.37)

「バカー」と語尾をのばすときは、相手に対する思い込みが強いとき、
「バカ」と軽く言ったときは、そのときの感情です。
「バッカー」と強い口調のときは、その言葉尻をとらえて叱るより、甘んじて受けとめて広い心でその身を抱きしめてあげてください。(p.37f.)

甘える、すねる、逆らう、悪態をつく……子どものこれらの行動は、意外に思われるかもしれませんが、これらはみんな、好きな人に対する表現です。(p.39)
人は、嫌いな人の前では「雑言(ぞうごん)」を吐かないものです。嫌いなものに対しては本能的に避けるものです。(p.40)

>>ここ数年、子どもの言った言葉をそのまま受けとめる、「文字型大人」がふえてきています。文字型大人とは、言葉にはそのときの感情が多分に含まれているのに、その感情を一掃してしまい、言葉をそのまま文字におきかえて、文字の意味だけを判断する大人のことです。(p.40)